世界で最後の被爆地長崎県

2017年1月7日 at 11:17 AM

長崎県は

1945年8月9日11時2分に原子爆弾ファットマンを落されました。

原爆が落されたのは長崎県長崎市。

当時の人口約24万人のうち、7万4千人の方が亡くなりました。

そして8月15日に日本は終戦を迎えました。

世界で原爆を落されたのは広島と長崎のみ。

広島に原爆を落されていることは多くの外国人が知っています。

しかし、意外にも長崎に原爆を落されていることは、アメリカ人をはじめほとんど知られていません。

これは非常に残念なことであり、知ってほしい事実でもあります。

広島に原爆が落されたのは8月6日8時15分。

これは、通勤・通学のために多くの人が外に出る時間帯を狙っての攻撃だったそう。

では、なぜ長崎は11時2分なのか。

しかも長崎は山間部であり、原爆の威力が広範囲には伝わらない。

なのに一体なぜ???

実は、もともと原爆は福岡県の小倉市に落される予定でした。

八幡製鉄所があったため、そこに大打撃を当てることが1つの目的でした。

しかし、その日の小倉市は曇りで、原爆を落とせる状態ではなかったそう。

仕方なく、他の地域を探していましたが、燃料が少なくなり、たまたま通っていた長崎市に落されたのです。

長崎市には平和記念公園があり、平和祈念像があります。

f:id:kuma-hate:20161213232407j:plain出典:https://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g298568-d325078-i22515640-Nagasaki_Peace_Park-Nagasaki_Nagasaki_Prefecture_Kyushu_Okinawa.html

神の愛と仏の慈悲を象徴し、垂直に高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を、横にした足は原爆投下直後の長崎市の静けさを、立てた足は救った命 を表し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っています。

完成したのは1955年8月8日。

当時の多くの長崎市民は、税金の無駄遣いではないかと批判したそうです。

しかし、戦争という今後起こしてはならないことを後世に伝え続けるためにはなくてはならないものですね。

そして今では、長崎市の人口は約40万人。

江戸時代には鎖国していた中で、出島という貿易港があり、様々な文化が長崎から入ってきました。その為、多くの観光地があり、被爆地であることは勿論、観光地として多くの旅行客が長崎市を訪れています。

俳優で歌手の福山雅治さんは自身が被爆二世であることを公表しました。

まだ原爆のために苦しんでいる人は多いです。

この苦しみを二度と世界中のどこであっても繰り返してはならない。そのためには広島県はもちろん長崎県も注目されるべきではないかと思います。

2020年は東京オリンピックの年ですが、東京だけでなく、九州・長崎にも多くの外国人観光客に足を運んでいただきたいですね。

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